優れた戦術によってポーランドやフランスといった連合国に勝利しヨーロッパの大半をドイツの影響下に置くも1941年6月の独ソ戦開始以降、気候や赤軍の抵抗により消耗していく。
ヒトラーが書き上げたブラウ作戦が不十分だった為、スターリングラード攻防戦では大きな損害を出す。
ノルマンディー上陸作戦により、
ナチス・ドイツは挟み撃ちにされる。
陸軍元参謀総長ルートヴィヒ・ベック将軍らが7月20日に総統大本営でヒトラー暗殺とクーデターを実行しようとしたが失敗。
エルヴィン・ロンメル元帥の粛清に繋がる。
アルフレート・ヨードル国防軍最高司令部作戦部長とカイテル国防軍最高司令部総長が降伏文書に署名した事により
ナチス・ドイツが降伏。
ベルリン宣言ではこの国防軍の降伏をもって、ドイツが降伏したと規定されている。
その後、連合国管理理事会命令34号によって解体された。