現在の帝京電鉄の歴史は、1903年(明治36年)10月14日に、日本電気軌道株式会社が関係官庁に電気鉄道敷設を出願したことにまで遡る。
この時出願した路線は、国鉄 蒲田駅から調布、府中を経て武甲鉄道 立川駅に至る路線と、府中で分岐し新宿に至る路線の2路線であった。
日本電気軌道は1904年(明治37年)7月18日、調布電気軌道株式会社と改称した。
1908年(明治41年)5月21日に、調布電気軌道が武蔵電気軌道株式会社(武電)と改称し、10月2日に資本金130万円で設立される。
初代取締役会長に、長村 是盛が、初代専務取締役社長に調布電気創業者
利原 知史の親族である
利原 茂平 が就任した。しかし、まだ鉄道路線は有していないため、当初の営業は1909年(明治42年)2月4日に関係官庁より許可が出た電気供給事業のみ執り行っており、1910年(明治43年)3月から調布町・多磨村・府中町・西府村などに電気供給を行っていた。
そして、1912年(明治45年)2月28日に笹塚駅 - 調布駅間の電車営業と、新宿駅 - 笹塚駅間の乗合自動車営業を開始した。
しかし、次第に武蔵線の建設資金を調達できなくなり、大森財閥の融資系列に入り、上野瓦斯紡績の専務 室井 誠太郎、会長 須田 居照が経営陣に参画することになる。
その後は1914年(大正3年)11月19日の武蔵線の新町駅 - 笹塚駅間の延伸を皮切りに、1915年(大正4年)5月30日には武電新宿駅 - 新町駅間が、10月31日には調布駅 - 府中駅間が延伸開業した。
また、この頃より、沿線地域各村への電車運転の余力の売電も始めた。
府中駅 - 東八王子駅(現・帝京八王子駅)間は、1925年(大正14年)に営業を開始した。
しかし、様々な事情で1928年(昭和3年)まで新宿駅から東八王子駅まで直通できない状態が続いた。
1931年(昭和6年)には、
御陵線?(北野駅 - 御陵前駅間)が開通した。
また、高尾電気軌道の軌道線も1938年(昭和13年)に買収し、八王子線(後の
高尾線?)として営業を開始した。
1937年(昭和12年)2月に資本系列が大森財閥から大日本電力に移り同社専務の大崎 熊善が社長に就任、沿線の乗客誘致政策が積極化することとなった。
1943年(昭和18年)4月27日には私鉄事業調整法に基づき、大株主であった大日本電力は、武蔵電気軌道、多摩鉄道、大東京環状鉄道を吸収合併し、
帝京電鉄株式会社が設立される。