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神楽舞とは神国本土で発展した伝統芸能である。東方舞、神楽、狂舞の三つを包含する総称である。国指定伝統的重要無形文化財に指定されている。また、日本の能楽はこの神楽舞と非常に似通っており、時期は定かではないが能楽はこれが日本に伝わり独自に発展したものとみられている。

概要

神楽舞とは神国の伝統芸能である。主に最初期のころは神に奉納する舞として神社で奉納されていたものが後に大衆化したものである。詳しくは後程述べる。主に東方舞(とうほうまい)、神楽(かぐら)、狂舞(くるいまい)の三種類の踊りからなる。

神楽舞の役割

主に超常的な存在である「シテ方」生きている人間である「ワキ方」と太鼓、大鼓、小鼓、笛で構成され物語を盛り上げる音楽である「囃子」を演奏する「囃子方」、物語の中に出てくる声楽部を担当する「地謡方」、狂舞や神楽の一部において狂人を演じる「狂型」によって演じられる。

東方舞

これが神楽舞の中でも最古のものである。主に島渡部、東方見聞部、国帰部(こっきぶ)の三部から構成され、少々の内容変更はあると思われるものの1200年前のものからほとんど全く変化はないと考えられている。主に東方(おそらく日本列島)の辺境の山奥である「ある島の山の奥の里」において東方舞の成立者である観世宗十郎が天皇に「東方で出会った物の怪の類の話」を舞にしたものが東方舞である。主にシテと囃子と地謡で構成される。
幻想郷
東方舞によく登場する地名である。日本の山奥に位置すると考えられているが未だに発見されていない。多くの物の怪と少しの人間が住むと考えられており、その最東部には博麗神社が位置していると考えられている。

神楽

東方舞がベースであるが東方舞と違ってこの種別はまだ新作が生まれ続けている。東方舞が地域の見聞録的な役割をしているのに対し、神楽は主に夜去神話を基とする伝承や、本土に伝わる伝承をもととした舞である。神社で奉納される「神舞」とは全く別のものである。主にシテ、ワキ、囃子、地謡、狂が登場する。狂舞が主に外向きのエネルギーを重視してるのに対し、神楽は内向きのエネルギーを重視している。

狂舞

最低三人の演者における主に会話と所作を中心とした演劇である。主にシテ、ワキ、狂によって演じられる。狂舞と同様に東方舞から発展した神楽が、舞踊的要素が強く、抽象的・象徴的表現が目立ち、悲劇的な内容の音楽劇であるのに対し、狂舞は、物まね・道化的な要素を持ち、失敗談を中心としたシナリオおよび、様式をふまえた写実的ときには戯画的な人物表現を通じて、普遍的な人間性の本質や弱さをえぐり出すことで笑いをもたらす。
狂舞における狂
狂舞において狂はいわゆる道化師的な役割を果たしていると見られている。また、狂は奇術などをしばしば劇中で披露することがある。そもそも、もともと神楽に登場する「狂」が純粋に「狂人」を演じているのに対している。

歴史

東方舞の成立と手厚い保護

紀元1200年ごろ神に奉納する踊りとして大神神社(のちに博麗神社に改名)の宮司である観世宗十郎が博麗神社の境内内で「神に奉納する踊り」として東方舞を大成した。のちに、この東方舞で描かれる世界観に天皇が興味をもち、結果神国では詔勅を以って東方舞を保護した

神楽の成立

観世宗十郎のひ孫である第三代観世宗十郎は天皇の指示を以って紀元1100年ごろ東方舞をベースにした神話伝承の舞を要望し、当人はこれを開発した。これを「神楽」と呼び天皇に奉納したところ、大変気に入り「神国十大文武」に認定した。

狂舞の成立と神楽舞の大衆化

博麗神社はこのころか東方舞や一部の神楽を境内内に神楽堂を創って大衆に披露するようになった。また、大衆の興味を引くために劇間の演者の着替え中に行われた滑稽な舞が「狂舞」となった。

現代の神楽舞

現代では国指定伝統的重要無形文化財に指定され、神国の独自の発展を遂げた文化の一つとして神国でも尊重されており中等教育課程の一部で学習が義務付けられている。

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